8.リーハ:匂い(鈴 溶ける 空き部屋)/マサ静
噛み締めていたくちびるが、まだ少し痛む。アイスを乗せたスプーンをあてると冷たさがしみた。籠もった二人分の体温やささやかなクーラーの冷気は、換気のためと開けられた窓から入ってくるぬるい風と混ぜこぜになって、吊り下げられた風鈴がちりちり鳴っていた。
「なんで風鈴があるんですか」
「お、やっとしゃべった」
「まだ許してないですから」
隣が先月から空き部屋になったのを黙ってずいぶん好き勝手してきたくせに、アイスくらいでは許さない。睨め付けるとまた口先でだけ悪かったよと謝る。
「大人になると、夏らしいことは自らしていかなきゃ、あっという間に終わっちまうからな」
そのうちわかる。と言った声が、やけに耳にこびりつく。風鈴の音、溶けるアイス、借りた浴室のカルキの匂い。
大人になって振り返る夏に、今日は含まれているだろうか。噛んだスプーンがぬるかった。
fin.

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