走れ、と聞こえた。ノーサインの練習試合はめずらしくない。次の打者はバントの構えをしている。
この、打席にいる気難しい先輩が当時はまだ苦手だった。とにかくキツい性格。怒鳴ったりはしないけれど、笑顔でさりげなく刺す物言い。盗塁失敗なんてしようものならあとで何を言われるか。
だからてっきり送りバントだと思っていたのに、たしかに聞こえたのだ、声が。結果的に決まったバスターエンドラン。あまりに鮮やかで、監督からもめずらしく褒められたのをよく覚えている。
思い出せば、あれが始まりだ。鉄壁の二遊間、一・二番コンビ。最高の相棒。神様なんて全く信じちゃいないが、野球の神様だけはいると思う。おかげで出会うことができたから。
今では明け方に、その最高の相棒だった先輩の無防備な寝顔を、こっそり見ることだってできる。
fin.

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