これ見よがしに扉を閉める。
「今からここは、セックスしないと出られない部屋です」
「はぁ?」
ローテーブルの近くで黙々と本を読んでいた海斗が顔を上げた。ようやくだ。いくら居るのが当たり前のように入り浸っているとはいえ、もう三十分もろくに顔も見ず話しかけてもおざなりな返事しかしないのは如何なものなのか。せっかくふたりきり(と一匹)だというのに。叔母たちは出かけていて、しばらく帰ってこないというのに。
「今からここは、」
「くり返すな!ルーシーが入ってこられないだろ、開けとけ」
今度は七緒がはぁ?と言う番だ。今言うことか、それ。ルーシーが小野木家の大切な家族だということはよくわかっている。未だ、ちっとも七緒には懐かないのだが。海斗を取り合うライバルだとでも思われているのかもしれない。口にしようものなら一笑に付されるだろうけれど。
「だからセックスしないと出られないんだって」
「バカか?」
「セックスしないと出られない部屋なんだよ」
「連呼すんな」
「セックス」
「うっせぇ!」
海斗は変なところで繊細だし潔癖だ。あけすけに言い過ぎると機嫌を損ねる。かと思えばどこかでスイッチが入ると獰猛なけものみたいに迫ってくることもある。そのスイッチのありかを、七緒はまだ見つけあぐねている。
「しないの」
「……こんな昼から」
不健全だ、と言いまた本に目線を落としてしまう。不健全とな。そりゃあ、したこともないのに突然セックスしようなんて言い出したらそれはおかしい。男女でもないのだから、拒絶されるのも当たり前だ。
けれど自分たちはいとこ兼恋人同士というか、お互いにそれなりの感情を持っており、幾度かそういった行為にも至っているはずなのだが。
明るいところはいやだとか、電気消してとか、抱かれるほうが言うのはまあわかる。しかし七緒はあまり思わない。そもそも互いの裸自体に羞恥心はわかない。欲情したり、されたりすることに対しての気恥ずかしさや感動はあるけれど。
「ねぇかっちゃん」
頑なな態度を取る海斗のそばに寄ってしゃがみ、顔を覗き込む。無視を決めているようなので目線はこちらに向かない。
「えっちしたいんだけど、ダメ?」
できるだけかわいく聞いてみた。効果があるかどうかはさておき。それに、海斗が完全に七緒を無視できないことはわかっている。案の定顔をしかめてから、睨むように七緒を見た。そんな顔されたってちっとも怖くないのにな。
「オレってインランなのかな」
「はぁ?」
「だって、かっちゃんはしたくないんだろ?なのにオレはやりたいとか、」
まで言ったところで、少々乱暴にあごを掴まれて口づけられた。あれ、この感じ。目を閉じるのも忘れたら、海斗がしおりも挟まず本を置くのが見えた。最初はぶつけたみたいだったのに、呼びかけようと口を開けたらためらいなく舌が入ってくる。
え、どこでスイッチ入れた?
ほとんど床に押し倒されるような体勢になって、ようやく口づけがほどかれる。獰猛なけものみたいな目で睨まれて、竦むところのはずなのに悦んでしまっているから、隠すのに難儀した。
「誰がしたくないって?」
「――ムッツリだね」
「うるせぇ、インランに言われたくねぇ」
「ひどっ」
「自分で言ったんだろ。それに……止まらなくなったらどうすんだ」
それはもう苦々しげに言われたので、理解するまで数秒かかってしまった。だって今はまだお昼で、叔母たちが帰ってくるのは早くても夕方以降の予定だ。たっぷり数時間、経験上一回と後始末までしてもおつりがくるくらい猶予があるはずなのに。
「そ、そんなにしてくれるの?」
「だから煽るなって」
ああもう、と苛立ったように吐き捨てた海斗が立ち上がり、机側の窓のカーテンを閉めに行った。七緒はベッドに上がってもう一つの窓のカーテンを閉める。少しだけ暗くなった室内で視線が絡む。よろこぶなというほうが無理な話だ。だってここは今、セックスしないと出られない部屋だから。
「お前、ほんとに俺のこと好きだな」
「かっちゃんこそ、わりとオレのこと好きっしょ?」
「わりとじゃねぇ」
唸るような声。噛みつくみたいなキス。それだけでも満たされる気がするけれど、欲望は際限ない。
本当に、一度だけでいいからそんな部屋に閉じ込められてみたい。もういいって、音を上げるほどに求められてみたい。
肌と肌をくっつけながら、そんな不健全な夢想をした。
fin.

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