黒板に書き残された、『推進力』という単語がなぜか印象的だった。
生物・化学・物理の選択授業でいちばん不人気な物理だが、自分たちの教室で実施されているので移動から戻ってくるとたまに板書が残っていることがある。そういうときは決まって授業内容とは関係なさそうなものが多い。それらをゆっくり消してから去っていく物理教師は、授業そのものより雑談の方が面白いと噂だった。
丸で囲まれたその言葉が、どういう文脈で紹介されたのか不破にはわからない。
「なあ、今日の物理って何やってたの」
「ロケット」
採点簿をめくりながら、顔も上げず二階堂はなおざりに答えた。陽射しが強い日だった。劣化したパラソルに開いた穴からちらちらと差し込む光が、白いフードにいびつな水玉模様を描いている。
「ロケットの何?」
「飛ばすときの力がどうのこうのって話」
「へえ。あの先生の雑談が面白いってマジ?」
「うぜえ、興味ねー」
不破に対してか教師に対してか判然としない物言いだ。これがきっと、教室ではニコニコ笑って「先生の話は面白いですね」とか言っているに違いない。外面のよさと世渡り上手って、イコールじゃないんだな。的前に立つ後ろ姿を見ながら、そんなことを考えた。
推進力が実際、ロケットの何の力なのかは知らない。矢が放たれ、ぐんぐん進んでいく力も同じなのだろうか。空気を切り裂き、ほかを薙ぎ払ってでも前に進むような潔さ。
日光にさらされた白い道着がまぶしくて、そっと目を細める。夏はもう、すぐそこまで来ている。

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