キスをする瞬間、レンズの向こうで伏せられたまぶたを縁取るまつげがふるえる。眼鏡がないときは、結構な頻度でまぶたは開かれたままだ。見たいのか見たくないのかよくわかんないな、と思うと同時に、その複雑さを静弥らしいなとも思う。
声をひそめて「キスしていい?」と尋ねると静弥はまず驚いたように目を開く。瞳に「よろこび」という膜が張られるのが見える気がして、その表情が好きだった。そして慣れない錠剤のようにゆっくり言葉を飲み込んでから、黙って首肯する。たまに「いいよ」とか「うん」とか「して」の返事がついてくることもあって、初めて「して」と言われたときは正直胸の中が無性に熱くなった。初めて生まれた感情だった。
「せーやってよんでいい? ぼくのことも、みなとでいいよ」
「――うん」
幼いころにした、そんな内緒話を彷彿とさせる。あのときも静弥の瞳は「よろこび」に満ちて輝いた気がする。
「静弥、ちょっとごめん」
「なに……?」
ひたいをくっつけるほど近い距離で、眼鏡をずらした。右目の下、ちいさなしるしに口づける。
「ん……」
吐息みたいな声が洩れて、反射的に閉じられたまぶたにふるえるまつげがよく見えた。胸の中に灯った火がまだ熱くて、もう一度ふれたら静弥はくすぐったそうに肩をすくめる。
薄く開かれたまぶたから見える瞳は、とろりと溶け出してしまいそうだった。それだけで好きだって、言われているような。
「――どうしたの? 急に」
「ほくろが、あるから」
「ずっとあるよ」
そんなの知ってる、けど。
「ほくろって、前世でキスされた場所って、見たから」
静弥はぽかんと湊の言葉を咀嚼してから、顔を逸らして笑った。なんだよ、とつい不機嫌な声が出てしまう。
「いや――湊は本当にロマンチストだなぁって思って」
「いいだろ、べつに。たまたまおすすめ動画に出てきたんだよ」
たまに見るSNSには、無限に氾濫した情報が流れてくる。おすすめとして表示されて、静弥の顔にあるものだから目に留まっただけだ。
「静弥は信じてないんだ、生まれ変わりとか」
「うん。まあ興味ないね、あんまり」
湊だって本気で信じているわけではないが、そうだったらおもしろいなくらいは考える。けれど静弥が興味ない、というのも特段意外ではなかった。それも、静弥らしいと思うから。
「それに、湊以外につけられたしるしなんて……いやだし」
「え、なんで? 前世でもおれがつけたかもしれないだろ?」
すこし俯いてそんなことを言うものだから、前提が伝わっていなかったことに驚く。静弥も驚いたようにこちらを見たが、次第に西陽をそっくり移したように耳まで赤くしてまた俯いてしまった。そうなんだ、という小さな声に、もしかしなくてもはずかしいことを言ったと自覚して同じく照れた。
「そうだよ」
照れ隠しにぶっきらぼうにしか言えない。部屋の中は静かだった。陽が沈みきっても、静弥の耳は赤いままだろうか。
「――じゃあ今世も……もっと、してほしい」
またまつげがふるえる。誰にも内緒で密やかに交わす口づけと吐息の音。身体の中で心臓だけがうるさい。
「くちびるにほくろできたら、ごめん」
「いいよ……どうせ来世の話だし」
興味ないって言ってたくせに。何度か重ね合ったあと、そう言ってやろうかと思ったけれどやめた。
薄暗くなった部屋でも、静弥の瞳が弱い光を反射して輝く。決して「よろこび」だけじゃない。この胸の奥を焦がしたものと、同じ感情がほとびている思うと、ますます火は燃え盛る。
fin.

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