ふさいでよ【海七】

ムードというものが吹き飛んでしまう。わざとではないんだけれど、緊張感が一瞬にしてどこかにいってしまう。

「だって絶対おかしいって!」
「あーもーうるっせぇな!」

ながく、近い距離にいすぎたからなのか。ついいつもの調子になってしまう。わるい癖だ。この期に及んで、怖気づいているのはこっちのほう。

「かっちゃんがそんなの持ってるはずがないっしょ!そんな子に育てた覚えはありません!」
「育てられてねーし! いーだろべつに!」

ゴムがあるのはまだわかる。だけど明らかに用途が限定されたローションが出てくるのは予想外だった。いつかこういう日が訪れたとき、どうやってこちらから使ってと切り出すか考えていたのに。自分で、されるために用意してるってどうなの。引かれないかな?なんていう葛藤があったというのに、これでも。

……ほかの人としたんだ」
「は? お前、それマジで言ってんのか?」
「いいよ、べつに隠さなくても」
「七緒、怒るぞ」

咎める、強い声と険しい目つき。
いつも怒ってんじゃん。とは口にしなかった。怒らせたいわけじゃない。わかっているのに。そんなことはないって、信じているのに。驚くほど臆病になってしまう。

「なんで持ってんのさ」
……調べたから」
「ふーん、じゃあ検索履歴見せて」
「なんでだよ! ふつう調べるだろ、ひとりでするもんじゃねーんだし」
「は、」

今度は次の言葉を続けられなかった。チ、と舌打ちをした海斗の表情は苦々しい。それでも覚悟を決めたような、意志の強い目で七緒を射抜く。

「お前としたいから、わざわざ三駅先のドラッグストアまで行って買ったんだよ。文句あんのか」

海斗の影が、近づく。ベッドの上は逃げ場なんてない。かんたんに、ベッドボードと壁にはさまれ距離が取れなくなる。悪あがきに枕を持ち上げ顔を隠した。

「七緒」

先ほどとはまったく異なる声色で、海斗が呼ぶ。顔に押しつけた枕は海斗のにおいがするから、頭がくらくらしてしまう。
ずるい、ずるいよ。

「七緒、顔見せろ」
「むり」
「無理じゃねぇ」

枕を引っ張られたけれど、かんたんには屈しなかった。身長に差ができても、腕力にそこまで差があるわけじゃない。だけど、このままではまたいつもの調子になってしまうかもしれない。
無言の攻防をやめたのは海斗だった。はあ、ともらされたため息に身がまえてしまう。今日はここまで?やっぱりやめよう?それはいやだという意思表示は、どうしたら伝えることができるのだろう。

「キスできねーから、顔見せろ」
「な、」

七緒が握りしめていた力がゆるんだのを、見逃さなかったのだろう。あっというまに枕を奪われたあとは、宣言どおり口づけられるしかなかった。

「かっちゃんのくせに、ナマイキじゃん……
「うるせぇ」
「ヒキョーもの」
「お前もう黙ってろよ」

またくちびるを塞がれる。そうか、黙ればよかったのか。
腕を伸ばして海斗の背中にまわした。伝わる鼓動の早さがいとしい。もう怖気づかない。ちゃんと、ふたりで気持ちよくなれる。

誰よりも近い距離にいて、その瞳に自分が映っていることが、なによりも嬉しかった。

fin.

190308
初夜に臨む海七が100万回読みたい。緊張のあまりついおしゃべりしちゃう七緒ちゃん。

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