恋は片想いがいちばん楽しいだなんて、成就した側の傲慢だとおもう。熱量が多すぎて持て余すばかりなのに。
まわし飲みしたペットボトル、雑魚寝したときの寝顔の距離。ひとつひとつ思い出してしまっては、ため息にかわっていく。いつからだっけと考えてみても、もうずうっとこんな調子の気がする。いつまでなのかもわからない。片想いが終わるときって? 明確な答えはどこにもない。ぐるぐる、同じ場所を周るばかりだ。
「亮さんは好きな人とかいるんスか?」
だというのに、こんなにも無邪気に聞いてくるのだから、たちが悪い。こんなのは本当に、ただの世間話のひとつで、お年ごろの男子高校生が数人寄ればいくらでも出てくる。深い意味なんてないことをきちんとわかっているのに、あまりの純粋さに頭を抱えたくもなる。
発端は、日本人の百人に一人は初恋の人と結婚する、というテレビの話題だった。
初恋は実らない、ともいわなかったっけ。初恋、なんてかわいらしい言葉で装飾していい感情なのかどうかもわからないけれど。
すこし考えるふりをする。周りは別の話題で盛り上がっているから、この会話を聞いているのは倉持だけだろう。だからといって、ここで「おまえだよ」なんて伝えてしまうほど向こう見ずではない。伝えるための素敵なシチュエーションがあるわけでもないが。きっと伝えられることはない。
なのにこのときばかりは、すこし魔が差した。人の気持ちも知らないでそんな質問しやがって、と身勝手な憤りが生まれたからかもしれない。
「いるけど、全然気づいてないみたい」
それっぽく笑ってみせると、倉持は大げさに「えっ!」と大声を出した。周りの何人かに注目されたが、一本立てた人さし指を口元に添えるとすぐ静かになる。
「まじっすか」
周囲からの視線がなくなったのを確認してから、倉持がひそひそ声を出す。今までなら「いない」「ですよねー」の二秒で終わる話題だったからか、好奇心を抑えられないがあまり踏み込みすぎるのもよくないだろうか、でも詳しく聞きたい、といった考えがだだ漏れみたいな顔をしている。黙って首肯すると、倉持はため息とも歓声ともつかない「はあー」という声を出した。
無遠慮に踏み込みすぎない。倉持のいいところだ。ぐいぐい踏み込んでくるタイプには乱雑な扱いをする。他人と距離を取ろうとするタイプには、突き離したりせず相手が不快にならない場所を見極めて距離を保つ。相手にとっての適切な距離を見極められるのは、立派な才能だとおもう。誰とでも同じような態度しか取れない自分からすれば。
「亮さんの、好きな人かあ……」
「なんかおかしい?」
「いや――告白しないんスか」
これまた核心だ。できるものならしてみてもいいが、もとの関係に修復できないならしないほうがいいとおもう。持て余す熱量は自分だけが耐えればいい。相手に背負わせるものじゃない。
「さあ。考え中」
「えー、でも絶対いったほうがいいとおもうけどなあ」
「なんで?」
あ、今のはちょっとまずったかもしれない。
無責任なこというなよ、という不機嫌がすこし声に混じってしまった気がする。
「だって亮さんに好きになってもらえる人なんて、すっげえしあわせじゃないっすか。大事にしてくれそうだし」
なのに倉持は、はにかんでそんなことをいうから、なにもいえなくなってしまった。
引き寄せられて、戻ってこられない。好きの引力に逆らえない。心臓が、きゅうと絞られて息苦しくなる。「なんか進展あったら教えてくださいね」と会話を切り上げられなかったら、きっと「おまえだよ」といってしまっていた。
倉持が好きだ。認めてしまってからずっと、迷惑だとおもっていた。こんな感情、倉持には迷惑だと。伝えたところで成就しない。否定されて当然のものだと。
伝えたら、どうなるんだろう。相手が自分自身だと知っても、しあわせだって笑ってくれるのだろうか。
「しあわせですよ」
倉持が笑う。あのときと同じように、はにかんで。
「亮さんに好きになってもらえて、すっげえしあわせ」
伝えるつもりなんて、なかったのに。墓まで持って行くつもりだったのに。
「好きだよ」
「はい」
まるでブラックホールみたいに、ぐんぐん吸い込まれていって。
何度だって、言葉で聞かせて。俺がおまえを好きになったこと、間違いなんかじゃなかったって。
宇宙でいちばん、しあわせだって。
代わりなんてどこにもいない。教えてくれたのは、倉持だから。
fin.

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