【R18】みらいでならんだせかいはいとしい・サンプル【湊静】 - 2/2

※WEB用に改行を入れています。

honey(書き下ろし)

決して忘れていたわけではなかったけれど、目の前のことに必死になりすぎていたとは思う。よりによって、ひっくり返すタイミングだったので。

「あれ、静弥くん」

台所に顔を出した湊の父親に対して、誤魔化せない程度には肩をふるわせてしまった。そのはずみでべちゃ、とフライパンのふちに引っかかり、無残に歪んだホットケーキに対して湊が「あ」と声をあげる。

「ごめんね……取り込み中だったかな」
「あ、いえ、その……おはようございます」
「おはよう。父さんの分はもう用意してあるから」
「おはようふたりとも。そうか、昨日から泊まってるんだったよね」
「はい、お邪魔してます……」
「静弥、そのまま焼いて。焼ければどうにでもなるから」
「わ、わかった」

二学期の終業式後、帰宅後すぐ荷物を取って湊の家に来た。とはいえお向かいさんなので移動時間はものの数十秒。
母親は「なんか小学生のころみたいねぇ」と半ば呆れたように笑っていた。帰って、ランドセルを放り投げて、また外に出る。たしかにそんなルーティンだった、あのころは。塾だったり部活だったりの影響で、次第にそんな習慣もなくなっていったけれど。

冬休みの部活は、年末年始を挟むので全体練習の日が少ない。なんせコーチの本業が一年で最も忙しいし、その準備や片付けに自分たちも駆り出されたりする。逆に言えば自主練はいくらでも個人の裁量でどうぞ、のスタンスだ。そうなるともちろん、「じゃあ毎日やる」と言い出す者がいるわけで。主に目の前の幼なじみとか。

「冬休みの課題と実力テスト対策だっけ? ありがとうね、静弥くん」
「いえ、いつものことですし」
「いつもではないだろ……」
「何か言った?」
「なんでも。あ、ほら。焼けてきたって。父さん、コーヒー淹れるよ。スープもあるから」
「ああ、ありがとう。先に母さんに挨拶してくる」

父親がのんびりとした足取りで台所を通り過ぎていき、湊はポットの湯を沸かす。
その自然な空気に、鳴宮家の朝だな、と思う。そしてこの場に自分がいて、ホットケーキを焼いている異物感といったら。

「それにしても、静弥くんが焼いてくれてるんだね」

仏前から戻り、コーヒーを受け取ったところでようやくツッコミが入った。

「おじさんの分は湊が焼いたので……」
「ああ、ごめんね。そういう意味じゃなかったんだけど」
「前に約束してたんだよ。次に泊まったときの朝はホットケーキにしようって」

湊はあっけらかんと答え、静弥の横で手際よく作った玉ねぎとソーセージのコンソメスープを器に注いでいる。がりがりとミルを引き、黒コショウの香りがぱっと周りに広がった。こちらはというと、ようやく三枚目となる生地をフライパンに流し入れ、片面が焼けるのを待つ。

「そうか。昔はよくしてたもんなあ、お泊り会。遼平くんと三人で。懐かしい」

湊の父親はしみじみそう言うと、いただきますと手を合わせて朝食に手をつけ始めた。自分の母親といい、大人って案外そういうことを覚えてるんだな、と思う。子どもからすると、どこかむずがゆいような、気恥ずかしいような、いたたまれないような。そう感じることこそ、まだ子どもということだろうか? 今度は引っかけず、きれいにホットケーキを裏返せた。見守っていた湊が、ぽんと背中と叩いたのにまた心臓が跳ねた。

説明のとおりだ。夏にも同じようにここでホットケーキを焼く機会があって、そのとき「次は、泊まってもらった日の朝ごはんにしよう」と湊が言った。それが果たされる日が来ただけ。
目を離せば課題もテストもそっちのけで弓に熱中してしまうこの幼なじみに、ちゃんと冬休み前半で課題を終わらせるため協力する。そういう話だ。他の部員もコーチも全員知っている。昨日だって、風呂だけは自宅に戻りあとはふたりでテレビを見ながら、課題とテスト範囲の確認と計画を立てて、毒にも薬にもならない話をして、そのまま寝た。何もせず。

そう。何も――してもらえず。恋人同士、なのに。

「じゃあ行ってくるから。静弥くん、なんのお構いもできずごめんね」
「いえ、気にしないでください」
「父さん、今日も遅いんだよな?」
「うん、また連絡するよ。戸締りしっかりね。行ってきます、ふたりとも」

いってらっしゃい、とふたりで父親を見送ったあと、湊が当たり前のように玄関の鍵をかけた。言いつけられたばかりなのだから、深い意味などないことはわかる。
しかし、どうしたって意識はしてしまう。このまま夜までふたりきりなのか、と。外はべしゃべしゃとしたみぞれが降っていた。静弥の心中を反映したように。

じゃあ泊まれば、と言ったのは湊からだった。湊の誕生日もクリスマスも特別恋人らしい過ごし方はせず、普段どおりだった。なんせ十年以上いっしょなのだ。いまさら、そういうイベントごとに乗っかるのってどうなんだろう、とか。逆に下心が見え見えなんじゃないか、とか。いわゆる、悶々としていた、と言えたかもしれない。
誕生日だけは、部員たちで集まって祝って、ふたりきりになったタイミングでそっとキスをした。あれからまだ一週間も経っていない。
終業式の前日、どうやってこの自他共に認める弓バカに計画的に冬休みの課題をさせるか、と話していたときだ。

――そんなに見張りたいなら、うちに泊まれば。

さらっとそう言われたのは。見張る、という言葉のトゲより、お泊まりという浮かれた単語の甘みが勝ってしまった。わかった。そうする、と答えたとき、自分はいったいどんな顔をしていただろう。周りにみんないたというのに。
初めて湊と肌を重ねた日、冗談抜きでこのまま死んでしまうのではないかと思った。幸せで、気持ちよくて、こんな幸福があっていいのだろうかと信じられなくて。
なのに二回、三回と、回を重ねるごとに足りなくなる。もっとほしくなってしまう。だけどこれ以上求めることのほうが、傲慢なんじゃないかとも思ってしまうのだ。ふたりでいっしょにいられれば、それでいいのかもしれない。これまでも、これからもそうできるのであれば。甘くて苦い、幸せな葛藤だった。

だから帰り道でふたりきりになったとき、つい「意味わかって言ってる?」と咎めるように言ってしまった。

――何が?
――そもそも見張るって、人聞きが悪いんだけど。

夏休みは結局、二年連続で最終週に詰め込むことになった。だから冬休みは、ちゃんと計画を立てて進捗を報告してと言ったまでだ。
それ以上の意味を含ませたつもりなどなかったのに、真反対のイベントがくっついてきてしまった。下心を気にして何も言えなかった先週までの自分って、一体。

――だってそのほうが楽だろ、お互いに。
――それは……。

そうだけど、そうじゃない……という抗議は飲み込んでしまう。決して、キスやセックスだけを目的にしてそうなったわけじゃないのはわかっている。
だけど仮にも――と表現しなければならないのも複雑だが――長年の幼なじみで親友という関係から進んで、恋人同士になっているのに。

結局、湊がその意味を理解しているかどうかをはっきり問いただすことはできないままお泊まりは決行され、甘い期待とほんの少しの不安が入り交じった情緒を抱えたまま、いまに至るのだった。
厄介なことに、この状況は他でもない静弥自身が湊へ計画的に冬休みの課題を終わらせるよう促したことが発端だ。そうなると、まさか自分から恋人らしく過ごす? などと言い出せるはずもない。
でもきっと、湊から「キス、する?」なんて訊かれてしまったら、一も二もなくうなずくのだろう。
目の前の身体がほしい。そして同じだけ、ほしがられたい。そう思う自分が、あさましいようでいやだった。

畢竟、何もないまま昼もすぎた。こたつに入り、昨晩立てた計画に沿ってお互い課題を進める。たまに湊が尋ねてくるのを教えたりしながら。
それにしても、湊は意外なほどにお利口さんだった。文句も言わず、あからさまに集中力を切らすこともなく、黙々と課題を進めている。嫌々、だとか渋々、といった様子すら見せない。
まぁ、湊からすれば早いところうるさく言われないラインのノルマをこなして、思う存分弓に集中したいということなのだろうけど。

「――できた。どう? ここまで終わった」
「ん、どれ? ……うん、やればできるじゃないか」

ノートを覗き込んだあとそう褒めると、湊は安堵したように深く長い息を吐いた。ほとんど冷めたお茶が入ったマグに口をつける。

「静弥のおかげ」
「湊ががんばったからだろ? 僕はちょっと手伝っただけだよ」

さまざまな思惑はあれど、それは本心だった。ここまで終わっていれば、あとは年末年始を忙しくしても、湊の望みどおり毎日弓道場に顔を出したとしても、夏休みのようにはならないだろう。

「それでも、ありがとな。静弥もお茶飲む?」

保温ポットを手に、湊がこたつから立ち上がった。「うん」と返して自分のマグの中身も飲み干す。ついでに伸びをして、自分の課題の残りについてもざっと再確認した。極端に滞ることがなければ、十二月中には終わるはずだ。当初の計画どおり。

「静弥」

呼ばれて見上げると、ポットを手にした湊が「ん」とあごを上げてみせた。意図を汲み、横にずれて場所を空ける。湊はついさっきもそこへ座っていたとでもいうように、ごく自然な動作で隣に腰を下ろした。
空になった静弥のマグへ、お茶を注ぐ。あたたかい玄米茶の、ふくふくとした香ばしい匂いと湯気が立ち上る。

「静弥もキリがいいとこまで終わった?」
「え? ああ、うん……」
「そっか」

こちらを見ることなく、湊は自分のマグにも同じようにお茶を注ぐ。こぽこぽと水位が上がる音。時計の秒針の音。なんだか気まずいような、むずがゆいような時間が流れる。湊は湯気が立つお茶をひと口飲んでほっと息を吐いた。
その一連のしぐさをつい目で追ってしまってから、静弥も不自然にならないようゆっくりと目線を外し、自分のマグを手に取る。ひと口、同じように口に含んで飲み込んだタイミングで、湊が「あのさ」と切り出してきた。

「ご褒美、ほしいんだけど」
「……ごほうび?」

聞き返すと、湊はこくんとうなずいた。聞き間違いではなかったらしい。いともかんたんに鼓動が早まる。いや、きっとこれから弓道場に行っていい? とかそういうオチに決まっている、と思うのに、じゃあどうして突然距離を詰めてきたんだ? と心がざわつく。

「うん。……おれ、がんばっただろ?」
「そう、だね……」

こちらの困惑をよそに、湊がぐぐっと身を寄せてきた。反射的に身体を引こうとしてしまったが、逃がさないとばかりに左肘のあたりを掴まれる。
そうなるともう、期待するなと言うほうが無理な話だ。だって、ふれられているところが熱い。この熱を、知らないふりなんてできない。

「僕に、できることなら」

湊はきょとんとひとつまばたきをしてから、実に無邪気に笑った。

「静弥にしかできないことだよ」

腕を掴んでいた手が離れ、頬にふれた。顔を傾ける角度は、眼鏡が邪魔にならないようにお互い覚えた。やわい感触が降ってくるのを予感しながら目をつむる。ずるくないか、こんなの。
こわばるくちびるを優しくついばまれ、されるがままに力を抜くしかなかった。息継ぎの合間に少し口を開けるとすかさず舌が入ってきて、舌と舌がふれあう感触に頭の奥がじんとしびれてくらくらした。マグのお茶は冷めていくのに、身体の中はぼこぼこと音を立てて沸き上がる。
しばらくくちびるを押しつけあったあと、湊がゆっくりと離れた。じっと見つめていると、「そんな顔するなよ」と頰をつままれる。どんな顔、と訊く前に湊はふにゃっと気の抜けた顔で笑うと、今度は首筋に顔を埋めてきた。

「……湊、」
「……ちょっとだけ」

抱きすくめられるような体勢のまま、首筋に何度もキスを落とされる。薄い皮膚に、湊にしか見えないしるしをたどるような口づけだった。
身体の奥がどんどん熱くなるのを止められない。裾から手が差し込まれ、直接腰骨をさわられる。背骨を伝って駆け上がってきた熱が、あっという間に脳に達した。

「ねえ、待って」
「何?」
「……するの?」
「――したい」

迷いのない、声で。背骨のいちばん下が、鈍く疼いた気がした。

***

湊は右膝の裏を掴んでぐっと押し上げてくる。これからされることを想像し、このまま壊れてしまうんじゃないかというほど心臓が早鐘を打っていた。
いつか、これに慣れてしまうのだろうか。湊の一部を受け入れる、高揚と圧迫、そのあとに訪れる幸福と恍惚に。

「……っ」

後ろに、湊のものが当てがわれる。期待感でまともに息も吸えなくなりながらふるえていると、「静弥、」と熱を帯びた声で呼ばれる。それさえも、耳から身体の中をかき乱した。ゆっくりと熱を押し込まれ、途端に頭の中が真っ白になる。

「あっ……ああっ……」

みっちりと満たされた内壁は、入ってきたものをさらに奥へと誘い込もうとするようにうごめいている。もっと受け入れたくて、脚を大きく開いて自ら腰を押しつけた。
それに応じるように、湊がゆっくりと前後に動き始める。

「あ……ん、っ」

最初のうちは微かな違和感があったものの、中ほどまで進んだあたりで強く感じるところにこすりつけられて大きな声が出てしまう。

「あぁっ……!」
「せーや」
「……な、に……」

一度動きを止めて、ゆるく前髪をかき上げられながらまた呼ばれた。そんなわずかな刺激にも感じ入ってしまう。湊はあやすようにこめかみへくちびるを落として、とろんとした目でこちらを見つめた。蜂蜜みたいに、溶け出しそうな。

「いま、おれで頭いっぱい?」

一瞬、何を訊かれたのかわからなかった。当たり前じゃないか。頭どころか、身も心も全部。ずっと、湊でいっぱいだ。湊にしか満たせない。湊でしか、満たしたくない。

「うん……」

なのに出てきた声は頼りなく、泣く寸前みたいな音だった。湊は眉をハの字にして「ありがと」と笑ったかと思うと、またゆるやかに動き始める。

***

その感覚がさみしくて、追いかけるように視線を上げると優しくひたいに口づけられる。それから頰にもひとつ。すぐ我慢できなくなって、その首に腕を回し「みなと、もっと……」とせがんだ。

「え?」
「もう一回……しよ? ね……?」

おねだりをすると、湊は困ったような顔をした。もう一度抱き合いたくて静弥は力の入らない身体をどうにか起こし、そばにあったコンドームの箱を引き寄せてから湊のものにふれる。そこはまだ芯を持っていて、安堵すると同時に嬉しくなった。
けれど湊は慌てたようにこちらの手を掴んで阻止しようとする。

「なに……?」
「何、じゃなくて」
「まだできるよね? もういっかい……」

***

「うん……静弥の好きなとこ、いっぱいさわるから」
「あぁっ……あっ、やぁっ」

休む間もなく抽挿をくり返されて、気持ちいい場所ばかりを責められて、どんどん思考がとろけていった。
ゆっくりと引き抜かれるとぞくぞくとした感覚が背中を走り、押し込まれると甘い疼きに変わる。ギリギリまで抜かれてから一気に奥まで突き入れられると、火花が散ったみたいに視界が明滅した。
ずっとこうしていたい。たとえば明日世界が終わるなら、ずっとこうして湊と抱き合っていたい。けれどきっと、湊は弓を引きたいと言うだろう。

*書き下ろしはめずらしく、1つの話で複数回やってます。収録話からいろいろと要素をつまみ食いしました。よろしくお願いいたします。

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