「ミリリンという最高のアイドルを世に出してくれてありがとう!」
「…………はい?」
差し出された手を反射的に握り返したが、何を言われたのかまったくわからなかった。その名前(だと思う)としてはなんとなく聞き覚えがあるというか、実際の佐瀬がいつも熱烈に推しているアイドルも確かそんな名前だったような気がする。
「えーっと、その、ミリリンというのは……」
困惑したまま尋ねると、答えたのはサセではなくモトムラだった。
「アイドルです。たまに当列車でも十五号車にあるテラスカーにてイベント事をしていただいているんですが……ルナリンでしたっけ」
「ルナリスだ! いい加減覚えろ!」
サセは眉を吊りあげてモトムラに抗議する。モトムラは涼しい顔で受け流した。
「失礼、ルナリスでしたね」
「まったく……。つまり、ルナリスというのはアイドルグループの名前でな」
サセはひとつ咳払いをして説明を続けた。
***
「モトムラさんとはどういう知り合いなんですか?」
単純に気になったので訊いてみると、フワは「ん?」と遼平に視線を移してから気さくに笑う。
「あいつ……ニカの先輩。サセさんもわかる? 乗務員してると思うけど」
「あ、はい。アイドルが好きな」
「そうそう。ふたりともあいつの地元の先輩で、たまにこーやってご紹介受けさせてもらってんの。まあ俺はあいつのただの同僚なんだけど」
「へえ~」
なるほど、と納得していると「人の個人情報漏洩すんな」といつの間にか戻ってきたニカがフワの頭の上にトレーを乗せ、ぺこっと音が鳴った。
「いてーな。なんだよ、別にいいだろ」
「よくねーよ。ほらよ、ご希望の一〇〇ノヴァだ」
ニカが銀色のトレーを机に置き、いくつかの種類の硬貨をしゃらしゃらとその上に乗せる。
見た目は銀色のコインだが、真ん中が透明になっており光の角度で七色に輝いている。
***
「かしこまりました。――なんかいいね、おふたりさん」
「え?」
「いやいや、お熱いね~って思って。地球から、こんなところまでデートしに来るなんて」
「デッ!?」
遼平が動揺して、裏返った声を上げた。デート。確かにデートだとは思うが、他人からそう言われるとなんだかむずがゆくなる。
「あれ? 違った?」
「そうっていうか、えと……」
うろうろと視線をさまよわせてから、遼平が助けを求めるようにこちらを見た。しかし当の愁もなんと答えたものかわからず、押し黙ってしまう。
ナオはそんな様子を見ておもしろそうに笑っていたが、注文したものを書きつけて「ごゆっくり~」とテーブルを離れていった。
「……俺たちって、ちゃんとデートしてるように見えてるのかな」
ひとりごとのように落とされた言葉へ、どう答えたらいいか愁にはわからなかった。だって、言われたことがない。誰かから見た自分たちはいつも「友達同士」の枠に入っていて、最初はそのことに対して違和感なんてなかった。なのにいつしか、それだけじゃないと思い始めて。それが自分だけではないとわかったときの心のよろこびは、むしろ『友愛』として片付けてしまうには遼平に失礼だとすら思った。
***
「じゃあこうして出会えた幸運に感謝して、うちで何か買って行く? たこ焼きとコーラしかないけど」
「え、ちょうどよかった! 俺たち、たこ焼きが食べたくて探してたんだ」
遼平がぱっと顔を輝かせると、セーヤは嬉しそうにうなずいた。
「ふふ、そんなところまで偶然の一致があるとはね。お口に合えばいいんだけど」
「ちょっとセーヤ、作るのおれだから」
ミナトが釘を刺すように言うと、セーヤは「わかってるよ」といたずらっぽく笑った。
「ミナトの作るものが、地球のお客様のお口に合わないなんてことがなければいいなって意味」
「なんだよそれ、ハードル上げるなぁ」
「だってミナトの作るものはなんでもおいしいから」
「……ああそう。じゃあ、ちょっと待ってて」
照れたのか、ぶっきらぼうにそう言うとミナトはまたのれんの向こうへ引っ込んだ。
***
「もしかして、地球ってあれ?」
「そうだと思う」
遼平はドリンクを飲み干しながら、ぽつりとつぶやく。
「俺たちはあんな遠くから来たんだよね」
「そうだね」
「なんか実感わかないかも……」
「俺もだよ」
愁も同じ気持ちだった。宇宙の壮大なスケールの前にいると、自分たちが生まれ育った地球がとてもちっぽけなものに感じられるし、まるで夢のようだと思う。
「でも、夢じゃないんだよね」
「……うん」
うなずくと、遼平はそっと手を伸ばして愁の手にふれた。その手をぎゅっと握ると、遼平もまた握り返してくれる。
手から伝わる熱を感じて、同時に息を吐き出した。
「すごいよなあ……」
こんな広い宇宙の中ではちっぽけな人間にすぎないが、それでも自分たちという存在は確かに存在しているし、出会いも別れも起こる。あんなに小さな星の中で、まるでこの世を揺るがす大きな出来事のように。
***
「愁くんが、好き……」
「うん――」
「愁くんが好きで……好きなのに、泣きたくなるときがある」
遼平の瞳は潤み、いまにも涙がこぼれ落ちてしまいそうだった。その雫をくちびるで受け止める。塩からいはずのそれは、なぜかほのかに甘く感じられた。そのまま頬や耳にもくちづけると、むずかる子どものように身を捩るさまが愛らしいと思う。
「俺もだよ」
*4年前に「こういうお話書きたいなあ…」と考えたときとはまったく違う、にぎやかで前向きなお話になったと思います(しんみりもする)。それもこれもつながりの一射があったから!そういう感謝のお話。よろしくお願いします。

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