***プロローグ・特別な遠出
「火星衝」と、先方の言葉を復唱した。
「そう。地球から見て太陽と火星がそれぞれ一直線に並んで、火星が太陽の真反対にある状態のことなんだ。ちょうどいまは火星が大接近しているし、とても明るく見える機会だよ」
手土産にならないかもしれないけれど、と差し出されたのは、観光列車のチケットだった。県境のもっとも標高が高い地点を週末だけ走っていて、車内には簡易的なプラネタリウムがあり、途中の駅で星空観賞ができるという。開通したころに話題になっていたので、名前くらいは聞いたことがあった。
鉄道関連の仕事をしているというその人は、父の知人――というよりは取引先の相手と認識したほうがいいだろう。そう遠くない将来、“父の”ではなく自分に対してもそういった関係性になる可能性がある相手だ。
「彼女と行くといいよ。星の名前がわかるって、ポイント高いからね」
「あいにく、そのような者は……」
「あれ、そうかい。それは失礼。じゃあ友達同士で行くにはロマンチック過ぎるかな」
「彼女」はいないが、「友達」とも言い切れない相手はいる。きっと、誘えば喜んでくれる相手が。
「いえ、有難く頂戴いたします」
近ごろ、年上相手にこういった内容の会話をするとなにやらささくれ立ったものにふれた気分になる。彼女や婚約者、あるいは古めかしく許嫁と表現する人もいる。悪気なく言われていることは理解しているので、態度に出ないよう細心の注意を払っている。あいにく、とは言ったが、幸いにものほうが正しい。自分ではどうしようもできないところで関係を決められた相手、がいないことは幸いだ。
遼平とは、ただの友達とは言い切れない関係になっていると、思う。だからといって何か別の呼び名があるわけでもない。恋人、と言い切ってしまっていいのか、愁はいつもわからなくなるのだった。
たとえば愁にとって湊もまた、ただの友達とは言い切れない相手ではある。湊は「ユミトモ」という言葉を使っているけど、幼いころはこれこそが「親友」であると思っていた。
だけどいまは、どうもそれだけではないなと考えたりもしている。湊も遼平も、それぞれ違った意味で特別だ。彼らは決して同じカテゴリには入らない。
ただの友達、であるほうが楽なのだろうか。そんなことを考えては、愁は明かりのないところで途方に暮れる気持ちになる。
*
「それでは到着先でお待ちしておりますね」
東条さんの車が遠ざかると、遼平は大きく手を振りながら見送っていた。一年でいちばん日の入りが早い時期は、夕方でもすっかり暗い。高所にいるせいか寒さが増して、吐いた息がより白く見える。出発までは、まだすこし早い時間だ。初めて訪れた駅は、クリスマスのイルミネーションで静かに輝いていた。
ふたりでここまで遠出をするのは初めてのことだった。夜にこうして会うことも。遼平も、機嫌がよさそうにダウンジャケットのポケットに手をつっこみ、軽い足取りで歩いていた。
「見て見て! 展望台だって。駅なのにすごいね。行ってみてもいい?」
「もちろん」
改札の横にある階段を登り、三階部分にあたるテラスへ出る。簡易的なベンチや机が設置された広場には、同じ目的と思わしき人々がまばらにいた。
「富士山見えるんだって。あのあたりかな」
足元の案内に従って、遼平が南南西の方角を見る。今夜はとても空気が澄んでいた。周囲の山々が夜の帳の中でひっそりと息づいている。
市内でも山々の連なる様子は見慣れているはずだが、積雪した八ヶ岳や南アルプスの雄大な様子は冬の夜空のもとで輝いているように見えた。特に、遠くにそびえる雪を頂いた富士山は、夜の静けさに映える白い姿を見せていた。
「あんまりここで星見ちゃうともったいないかな。せっかく途中で見られるようになってるのに」
しばらく景色を一望してから、遼平がぽつりとこぼした。それだけでも、今日を楽しみにしていてくれたことがわかる。
「うん」
「愁くん、寒くない?」
「平気だよ」
「俺いっぱいカイロ持ってきたから、寒かったらいつでも言ってね」
「ありがとう」
「あとおやつもいっぱいあるよ!」
「ふふ、それは楽しみだ」
やけに誇らしげに言うので、つい笑ってしまった。展望台のテラスから降り、改札を通ってホームの待合室まで行く。中は暖房が効いて暖かかった。椅子そのものはそこまで広くないので、隣に座れば自然と肩がふれる。コートを着ているとはいえ遼平の体温を感じ、すこしだけ目線をずらした。
「電車、あと三十分くらいだよね?」
「ああ。十五分くらい前には乗れるようだけど」
「そっか。まだちょっと時間あるね」
「そうだね」
「俺ね、すっげー楽しみにしてた。愁くんと遠出するの初めてだし。誘ってくれてありがとう」
「俺も、楽しみだったよ」
「ほんと?」
遼平が嬉しそうに笑うので、つられて愁も笑みをこぼした。やはり特別な相手、だと思う。
今日はここまで車で送ってもらい、もらったチケットで列車に乗る。終点の駅では先に東条さんが待っていてくれるが、遅い時間になるためそのまま遼平はうちに泊まってもらう予定だった。そして明日は、妹と三人でクリスマスツリーの飾り付けをする。
従来は十一月の暮れに、愁が知らないうちにいつの間にか飾られていたものだったが、今日の予定を知った沙絵から「せっかくだから、遼平さんとにいさまと三人で準備をしませんか?」と提案されたのだった。
もちろん断る理由はないし、遼平に話せばこれも快諾してくれた。
心が浮き立つ、なんていつぶりのことだろう。単に楽しいだけや嬉しいだけではない。よくわからない感情だ。だけど、それも嫌じゃない。
ふたりで、そのあとは特に話すことなく待っていた。沈黙は苦にならない。肩越しに感じる体温と、暖房でぬくめられた室内の暖かさに、すこしだけぼんやりとしてしまう。
*
気づいたのは、遠くから響く警笛の音が耳に届いたときだった。いつの間にか眠っていたのだろうか。
遼平も、こちらの肩に頭を預けて眠っている。
それだけなら微笑ましい光景だっただろう。しかし、周囲の静寂が異様に感じられる。まず、電気が消えていて暗かった。待合室は、先ほどまでいたはずの他の乗客の姿もない。静寂の中、ふたりだけが残されている。
「遼平くん、起きて」
「ん……あれ、ごめん。俺寝ちゃってた?」
軽く肩をゆすると、遼平はすぐに目を覚ました。
「うん。俺も寝ていたみたいなんだけれど……すこし様子がおかしくて」
「ん? ん〜……暗いね。停電かな?」
ガラス張りの待合室から外を見ると、ホームの照明もすべて消え、月明かりだけがやけに煌々と輝いていた。
とりあえずホームへ出て、もうすこし様子を見る。外に出るとまだ寒かったが、おかげで目は冴えた。周りは静かで、唯一の生命感は自分たちの呼吸と心臓の鼓動だけだった。
「俺たち、もしかして寝過ごしちゃったのかな?」
遼平の声には、わずかな不安が含まれていた。
「そうだとしても、誰にも起こされないのは不自然だと思う」
「確かに。普通、駅員さんとかに起こされるもんね」
時間を確かめようと、コートのポケットに手を入れたときだった。遠くからまた警笛の音が響く。そして電車の走る音も。ふたりで息を呑んで、顔を見合わせた。
「あっちから来るみたい」
「ああ」
音のするほうへ目を向けると、まばゆいライトが見える。闇に慣れた目にはすこし刺激が強過ぎた。
ホームに入ってきたのは、まるで宇宙に広がる星空をそのまま閉じ込めたかのような美しい車体の列車だった。
編成された車両数も多く、先頭がずいぶん先へ行ってから車体はなめらかに減速し、やがて音もなく停車する。愁たちの目の前に停まったのは、中ほどの車両のようだった。
「えっと……俺らが乗る観光列車って……これ?」
「いや、聞いていたのとはまったく違うようだけど……」
困惑していると、車体に切れ目を入れたように扉が開いた。
夜空に似た紺色の制服に身を包み、肩に真っ白なフクロウを乗せた長身の男が降りてくる。しかも、フクロウまで揃いの制帽を被り小さなネクタイまでつけている。
「ようこそ、地球のお客様。チケットを拝見いたします」
そして何より、にこやかに笑ったその男の顔には見覚えしかなかった。
「マサさん?!」
愁より、その相手になじみのある遼平が先に声を上げる。男は驚いたように何度か目をしばたいたが、すぐにまたにこやかな表情に戻った。
「地球風の発音なら、そんな感じになるかなぁ」
「へ、え、な、なんでマサさんがここに?」
「んー……たぶん、君の言う“マサさん“と俺はよく似ているのかもしれないが、まったくの別人だよ。他人の空似なんて宇宙ではよくあることだしな」
鷹揚に笑う様子まで、遼平たち風舞のコーチであり、優れた射手でもある滝川にそっくりだった。しかし、滝川は神職の神主だ。こんなところで電車に乗っているはずがない。
「俺はこの列車、『星間フライヤー』の乗車アテンダント。名前は……そうだな。さっきの地球風の発音で、マサキでいいよ」
「ええ……名前まで一緒だよ」
「偶然はどこに転がっているかわからないということさ。さて、チケットを拝見してよろしいでしょうか?」
マサキ、と名乗る男に促されるが『星間フライヤー』なんて電車に覚えはない。遼平が困ったようにこちらを見るので、ずっと開くタイミングがなかった口がようやく開けた。
「申し訳ありません。僕たちは別の列車に乗る予定でここで待っていたんです。でも、気づいたらあたりはこのような状態で……」
車体が輝いているので周りはとても明るくなっているが、駅自体の照明はやはり消えたままだった。他の乗客も、駅員の姿も見えないまま。
しかしマサキは心底不思議そうにしながら、肩のフクロウと一緒に首を傾げた。
「失礼ながら、そのポケットに入っているのは?」
「え……」
指摘を受けて、顔を見合わせる。愁も遼平も、それぞれのポケットに手を入れた。そこには、もともと受け取った観光列車のチケットが入っているはずだった。それを改札に通して、ここまで入ってきたのだから。
先に遼平がポケットからチケットを取り出した。それは目の前の列車と同じく、星空のような濃紺に、美しい金色の文字が書かれたものになっていた。愁のポケットからも、まったく同じものが出てくる。
「あれ……さっきまでは、普通の切符だったはずなんだけど……」
遼平のつぶやきを聞きながら、改めてマサキの顔を見つめる。戸惑うばかりのふたりに、すこし困ったように眉を寄せていた。
「うーん、たまにあるんだ。手違いで意図しない配備が。どこかのバーターシステムのバグとかでな」
「バーターシステム……?」
聞き慣れない単語を復唱すると、マサキは「まぁその説明は追々」と手をひらめかせてから続けた。
「俺たちはまずこの天の川銀河内で、星々を巡って指定日のチケットを持っている乗客に乗車してもらうんだ。そのチケットが電車の道しるべみたいなものになっているから、いまはこの駅に到着したというわけ」
「……申し訳ありません。なんのことやら」
「ま、そうだろうな。それで? どうする?」
「……どうする、とは」
愁も遼平も、まだ目の前の状況がうまく呑み込めていなかった。
ここは本当に自分たちのいた駅なのだろうか? そもそもなぜ、急にこんなことになってしまったのだろうか。夢なのか、現実なのかも疑わしい。
「こちらとしては、指定日のチケットをお持ちの方はお客様だ。乗車するか、乗らずに見送るか」
しかし目の前の男は、なおも問いを繰り返す。どうやら質問ではなく選択しろということらしい。
「……愁くん」
答えに窮していると、遼平が小さく名前を呼んだ。愁の服の袖を指先でつまみ、遠慮がちに引いている。
「愁くん、乗ろうよ」
「え?」
「なんか全然わけわかんないけど、チケットもあるならせっかくだし乗っちゃおうよ」
そう言って笑った遼平は、すこしだけ眉が下がっていたけれど、その目に不安の色はなかった。
「――遼平くんなら、そう言うと思った」
愁もつられて、すこし笑う。遼平は今度は心底嬉しそうに笑ってから、マサキのほうに向き直った。
「俺たち、この列車に乗ります」
「そうか、わかった」
そう言うとマサキは再び微笑んでから咳払いをする。
「では改めて。『星間フライヤー』へようこそ、地球のお客様。チケットを拝見いたします」
その言葉を合図にしたかのように、翼を広げたフクロウがマサキの肩から腕へ移動した。
「チケットをこちらへどうぞ」
突然聞こえてきた甲高い声に、愁と遼平は顔を見合わせた。
「フクロウがしゃべった……?」
「うそ、なんで?!」
ふたりそろって声を上げてしまう。その反応にマサキは笑い出した。
「地球の動物はあんまりしゃべらないんだっけ? こいつは俺の同僚で、スピカフクロウのフウってんだ。ほら、チケットを見せてやって」
「はい。ようこそ、地球のお客様。チケットを拝見いたします」
甲高い声ではあるが、しっかりとした言葉遣いで話すフクロウは、ふたりを見上げている。マサキに言われたとおりに、それぞれチケットを差し出した。
フクロウは片方の翼を静かに広げ、まるで魔法のような動きでふたりのチケットの表面を撫でた。すると、その表面に小さな光が灯る。じっと見ているとそれは文字のようなものへ形を変えた。端には『5』と数字が表示される。
「ありがとうございます。ご案内は、五号車でございますね。座席を認証しますと、お客様に合わせた言語表示となります」
「げんごひょーじ?」
遼平が聞き返す。
「はい。このチケットをお持ちの状態であれば、車内や停車駅内の銀河共通語はお客様に合わせた言語で表示されるようになります。再発行ができ兼ねますので、くれぐれも紛失や盗難にはお気をつけて」
「ええっと……?」
「どうぞ、よい旅を」
フクロウは一礼すると、再びマサキの肩へと飛び移った。遼平は感嘆の声を上げながら、その姿を食い入るように見つめていた。
「ちなみにここは七号車のステーションホール。ちょっと不便だが、出入口はここだけなんだ。中に入ったら、左手側に五号車がある。五号車内に入れば、指定席が光るようになってるからそこにチケットをかざして。それで認証完了だ」
「はい」
「詳しいことは車掌から案内してもらうよう、頼んでおくよ」
「ありがとうございます」
愁が礼を言って頭を下げると、遼平も慌ててそれに続いた。マサキは「いいっていいって」と言ってから、非常になめらかな仕草で扉のほうを手で差し示した。
「それでは、当列車の素敵な星間航行をお楽しみください。ご乗車、ありがとうございます」
実に優雅に礼をする。肩に乗ったフクロウ……フウも恭しく頭を下げていた。促されるまま、おずおずと列車に乗り込んだ。
「愁くん、すごいね……なんか、違う世界に来ちゃったみたい」
「そう、みたいだね……」
車内は、きらびやかな装飾はないが、品よく落ち着いた照明で穏やかな光に満ちていた。座席はすべて窓を向いており、他の乗客もいるようだがその姿をはっきりと確認することはできない。
言われたとおり左手側の六号車を通り抜け、五号車へと向かう。中に入ると、中心あたりにある座席が淡く光り出した。ふたりがけの青いビロード生地の(ように見える)座席は、車体よりは淡い色合いだが、星空を思わせるような美しいデザインだった。近づいてみると、背もたれのあたりに『5-10』という数字が浮き上がっている。
「ここ?」
「みたいだね」
「かざしてって言ってたけど……こうかな」
遼平が座席の背もたれにそっとチケットをかざすと、チケットの上にも同じ数字が浮かんだ。真似してかざしてみると、愁のチケットも同じ数字が浮かび上がる。ほどなくして表示されていた文字のようなものがアルファベットへ置き換わり、座席全体に灯っていた光が消える。
『座席の認証を完了しました。ご乗車ありがとうございます』
数字が表示されていたところに、今度は言葉が表示される。どうやらこれで認証されたようだ。ほぼ同時に、発車を告げるベルのような音が響いた。
「座ったほうがよさそうかな?」
「うん……」
まるでアトラクションのようだ。現実にはありえない出来事の数々に、まだ夢を見ているような気分だった。
座席に座ると、紛れもなく現実であること、『星間フライヤー』に乗っていることを自覚させられる。ベルが鳴り終わり、列車が動き始めると、窓の外の景色がゆっくりと流れ始めた。
先ほど展望台から眺めたような山あいの景色を走っていたが、すぐに光のトンネルに入ったかのように窓の外が煌めいて視界が白く塗りつぶされる。
「わぁ……」
「すごいね……」
思わず感嘆の声を上げる。やがて、光がゆっくりと落ち着いたとき、窓の外の景色は一変していた。目の前に広がっているのは、夜空だった。正確には、星空の中を走っている。いや、走っていると表現していいのかもわからなかった。通常、電車が線路を走る音は振動として車体に伝わるもののはずだが、それすらも感じられない。まるで空中に浮いて、宇宙空間の中を進んでいる、としか言いようがないのだ。
「やばい、すごいしか言えない」
「……本物の、銀河鉄道に乗ってしまったのかな」
外は一面の星空で、自分たちがどこへ向かっているのかもわからない。そもそもここがどこなのかもわかっていないのだから、混乱してもおかしくないはずなのに不思議と心は落ち着いていた。隣にいるのが遼平だから、かもしれない。
「ええと、なんだっけそれ。クラムボンの人?」
「宮沢賢治だね」
「そうそれ!」
遼平が純粋な笑顔で笑う。その笑顔につられて、こちらも笑みがこぼれる。
「銀河の中を走る列車かぁ……」
遼平が座席に座り直すと、ビロードのような座席がふんわりと沈んだ。座席の肘掛にそっと手をついて窓の外を眺める横顔は穏やかだが、まるで子どものように輝いているようにも見える。美しくもさみしい物語の結末のことを考え、軽く頭を打ち振って思考を追いやった。
「どしたの? 愁くん」
「いや、なんでもない」
列車は静かに、しかし確実にどこかへ進んで行く。眼下に広がる銀河の煌めきと、車内を照らすやわらかな光。
***ようこそ星間フライヤーへ
窓の外は一面の星空だった。上も下も、右も左も、すべてが星空だ。ときどき薄くもやのかかったところがあり、愁はそれが「星雲」というのを教えてくれた。ガスや塵が集まって、雲みたいに見えるという。カクユーゴー? というものをせずに残ったガスが、星雲になるのだと。原子とか分子とか、授業で習ってはいるはずだが遼平にはさっぱり覚えきれない。
着込んだままだったことに気づいてコートとジャケットをそれぞれ脱いだころ、進行方向側にあるドアが開いて車掌らしき人物が姿を見せた。
「失礼いたします。ご乗車ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げながらそう言ったのは、またふたりにとって見覚えのある顔だった。マサキとは異なるグレーの制服を着て、小さなバインダーを胸元に抱えている。
「星間フライヤーへようこそ、地球のお客様。私は――、この五号車の車掌をしております」
名前がよく聞き取れず、遼平はつい「え?」と声が出てしまった。単純な滑舌などの問題ではなく、そこだけが急に音が遠くなったような、とても複雑な言語だった気がする。
「本村先輩……?」
愁が驚いたようにつぶやくと、車掌はにこやかな表情のまま「はい」と答えた。
「地球風に発音すればそのようになりますね。では、私のことは“モトムラ“とお呼びください。どうぞよろしくお願いいたします」
そう名乗ったモトムラは、礼儀正しく頭を下げる。カールがかった黒髪や細いフレームの眼鏡まで、桐先の元部長である本村とそっくりだった。強いて言うなら目の前の男は、ふたりが知る本村が二十代半ばになったらこんな感じだろう、という外見をしているように見える。
「本村先輩にめちゃくちゃ似てるね……」
そっと耳打ちすると、愁はうなずいて同意した。先ほどのマサキといい、宇宙にはこんなにも知り合いに似た他人がいるというのだろうか。となると、自分のそっくりさんもどこか遠い星にいるのだろうかと考える。
「アテンダントから伺っております。おふたりとも、当列車のことはあまりご存知ではないとのことで」
「はい、その……あまりにも初めてのことだらけで」
「ふふ。地球からのお客様は大変めずらしいですからね。ではまず、この列車ついてご説明させていただきます」
*ここまでが冒頭16ページです。
以降のページは、選り抜きのサンプルです。

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