誰かが言った「あ、虹」というひと言で、教室内に最も眠気が凝縮される『六限目の政経』はいつもと雰囲気が変わった。窓の向こう、灰色の曇り空を背景に、アーチ状の帯がくっきりとかかっている。
「せんせー、写真撮っていいー?」
「授業中ですよ。心のアルバムにでも保存しておきなさい」
穏やかな口調の教師(それがまた眠気を誘う)は、女子のおどけた質問や授業が中断したことは咎めなかったが、それ以上は許さない。けちー! などの、本気ではないブーイングのざわめきや笑い声、普段にはないものが教室内を包み込む。
「虹が見えるときというのはこの場だけで、他の場所からは見えないんですよ。ラッキーでしたね、皆さん」
さて続きですが、と淀みなく授業が再開されたあとも、何度も窓の外を眺めた。
――愁くんにも見せてあげたかったな。
虹が見えなくなるまで見届けてから、ごく自然に考えていたことに気づく。きれいだったな、と思うよりも先に、愁の顔を思い出していた。夏休み前から始まった愁とのやりとりは、新学期になってからもぽつぽつ続いている。
同じ学校なら、放課後に「さっき虹出てたの見た?」とか、授業に関する話しかしない教師の、ふとこぼした虹が見える場所の話をしただろう。
――いっしょに見られれば、よかったのに。
そう伝えたとして、俺もだよ、って言ってくれたら、どんなに嬉しいだろう。離れた場所では見られないのなら、余計にそう願ってしまう。
fin.

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