お互いの手指で快感のありかを探りあうその行為に、名前はついていない。
成宮から「いっしょに寝てもいい?」と返答を待たれるときは成宮が白河のベッドへ入り、「いっしょに寝ようよ」と提案されるときは白河が成宮のベッドへ入るのが常だった。
もうずっとそうしているから、どうしてという理由はどこかへいってしまった。理由なんてもうこれっぽっちも役に立たないから探しもしない。
「は…」
よわくかすれた吐息が落ちる。くちのなかの粘液とふれあうはじめての刺激に驚いて、わけがわからないまま達してしまった。眼の奥がばちばちはじけて真っ白になるような感覚。涙でゆがんだ視界の先に、成宮の赤い舌が見える。
「こんなの、どこで覚えてくるんだよ…」
「えー?ひみつ」
にんまりとご満悦といったように成宮が笑う。いたずらが成功した子どもの顔。
けれど”ひみつ”という単語が白河の神経を逆なでした。成宮がこんな情報を仕入れてくる相手なんてたったひとりしかいないことを知っているし、成宮もそれをわかっているから。
なのにどうしてひみつだなんてごまかすのか。仕入先であろう相手のことも相まって、白河にはそれが気に入らなかった。
「なんだよ、べつにいえないことじゃないだろ」
「は?いいじゃんべつに。白河だって、俺になにひとつ隠しごとしてないっていえんの?」
あからさまに声に不満の色がついてしまい、それが敵意に敏感な成宮の不興を買ったようだった。
驚くほどによく変わる。万華鏡のような感情、表情。
勿忘草のひとみは、強い確信を持って訴える。
ことばがのどに引っかかって、うまく返事をすることができない。お互いに口をつぐんだまましばらく張り合っていたが、成宮のほうがふいと背を向けてシーツへ潜りこんだので白河も自分のベッドへ戻った。
「鳴、ごめん」
静寂の中、白河がぽつりとささやく。いらえはない。
月明かりのもと、懺悔のように。成宮は聞いているのかわからない。向こうのベッドからは身じろぐ音も聞こえない。ただ今は、いつものように朝陽の中であのきらきらまぶしいまつげを眺めたいとおもった。
たったひとつ、成宮にはいえないことがある。
あの日はいつもより言い争いが長引いて、礼拝後にタイも結ばず成宮は部屋を飛び出していった。
よりきつく結んだタイの窮屈さに機嫌が悪かったというのに加えて、監督を任されてしまった補習の相手がよりにもよって御幸一也だったのだから、厄日だったのだと自分にいい聞かせるしかない。
御幸一也は、その容姿からなにをするでもなく目を引く存在で、さらに成宮と同じく特待生でいつもいっしょにいるものだから特に目立っている。自分から他人に寄っていくタイプではなさそうだが、まわりを惹きつける。
普段はそつなく授業も受けているのだが、その日ばかりは試合で出られなかった授業の課題を補習として受けることになっていた。成宮も同じ条件だったはずだが、よっぽど白河と顔を合わせたくなかったのか朝と同じく声をかける間もなく教室からも飛び出してしまったので不本意ながらふたりきりとなってしまったのだ。
白河にとって、どうにも気に入らない生徒のひとり。理由は自分でも辟易するほどくだらない。成宮がいつもこの御幸の話をするから。成宮が、気を許している生徒はだれでも気に食わなかった。それがなぜかもわからないまま。
やけに西陽がまぶしい、放課後のことだった。
「鳴とケンカしてんの?」
「…べつに、あいつがへそ曲げてるだけ」
「お前らおもしれえな、おんなじこといってる」
ははっと軽く笑ったその声すら気に障った。つまりは同じことを成宮に聞いたのだろう、もうすでに。なのにわざと自分にも聞いたということがとにかく苛立って仕方なかった。
「なんでケンカしたわけ?」
「お前には、関係ないだろ」
「ふうん」
「それ終わらせたら帰れよ」
「はいはい」
補習の監督、とはいえ御幸はとりわけ勉強ができないわけでもなかったしこの人事はほとんど成宮対策だ。だというのにその本人が逃げ出してしまったので白河がここにいる意味はほとんどない。しかし、任されてしまってはそれを放り出すような無責任なことをするわけにもいかない。
なのでこの場にとどまっていた。自分自身の課題や明日の授業の予習をして時間を潰せばいいと。
御幸がケンカの内容を聞いてきたことも別段興味があるというようには見えなかったし、世間話のひとつとして話しているのだろうとおもっていたので油断した。
椅子から立った音も、自分に影が重なるまで気にもしていなかった。
朱色にそまる教室の中。見上げた御幸の表情はよく見えない。なのに、なぜか息が詰まる。
「なあ優等生。そんなにきっちり襟詰めてタイ結んで、苦しくねえの?」
手が伸ばされる。襟の上からふれられたそこは、誰にも見せられないあとが残っている。
成宮との、言い争いの原因が。
まるで刃物を突きつけられたかのように、白河は動けなかった。顔をそらすこともできず、ただ御幸の端正な顔立ちを見つめる。
「その白い肌、吸ったらさぞかし簡単にあとがつくんだろうな」
御幸のことばの意味がよくわからない。まるでどこか知らない国のことばを話されているように聞こえた。
まばたきのあいだに、相手が誰なのかもわからなくなるような逢魔が刻。
「鳴の知らないこと、してやろうか」
わからなかった。なにをいっているのかも、どうしてそれにうなずいたのかも。
御幸がどこまで知っていて、成宮がどこまで話しているのかも。
二重にも三重にも、かみさまを裏切る行為だ。暗闇が訪れる一瞬前。魔が差したとしか、いいようがない。
舌と舌をこすりあわせて、聞いたことのない自分の声だけが耳に残った。
あれ以来御幸と話したことはない。目を合わせたこともない。
また、暗闇に食べられてしまう夢を見た。必死に声を出そうとしているのに、それは音にならず消えてゆく。
教師や両親のいうことをおとなしく聞いていた昔の自分が、暗闇の向こうからこちらを見ている。
もう、二度と戻ることはできない。
fin.

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