こどもたちのひめごと 1.朝陽の中で【メイユキ】

それは一種の儀式のようなものだ。
一方的に慌ただしい朝の準備の中、その最中は時間が止まったかのように静寂が訪れる。
成宮はもうそれをしてくれと声に出すことはなくなった。それでもひと通り準備が終わると、こちらに寄ってきては目を閉じてあごを上げて、「ん」と短く促す。
いつだってせわしなく慌ただしく、直前に行われている礼拝の時間でも落ち着きのない成宮がそのときだけはとてもおとなしいよい子になるのだった。
色素のうすいまつげが、朝陽に反射してきらきらと輝くのをもう何度見つめただろう。朝陽の中にあるのに、それは星のようだと感じたのは一度や二度ではない。朝陽の中にいなくとも、白河にはいつでも成宮がきらめいているように見えていた。
もちろん本人に伝えたことなんてない。詩作は中等部の授業だけで十分だ。

はじめてこうして成宮のタイを結んでやったときは、自分のほうが身長が高かったと記憶しているが今ではうっすらと成宮のほうが目線が高くなってしまった気がする。
もう4年も、この朝の儀式は続けられていた。いい加減成宮は自分でタイが結べるようになっていてもいいとおもう。いや、もうとっくの昔に結べるようになっているのかもしれない。しかし成宮は毎日白河に結ぶよう促したし、白河もそれを拒むことはなかった。拒めなかった、といったほうが正しいのは白河自身も気づいている。

秘密という響きはとても甘美で、こどもはかんたんに惑わされてしまう。

はじめてくちびるにふれたのは、白河からだった。
まだ成宮の身長が低かったころ、いつものようにこの朝の儀式を執り行っていた。回想するとさまざまな理由を後付することはできれども、あれはまさに魔が差したとしかいいようがない。あの日も、差し込んだ朝陽が成宮のまつげをきらきらと輝かせていた。
タイを結び終わり、いつもならそこで「できたよ」とだけ短く声をかけるだけなのだが、目を閉じてじっと待っている成宮に吸い寄せられるようにキスを落としていた。その表情が、あろうことかそれを待っているかのように見えたから、というのは理由にならないだろうか。
やわらかなところがふれあって、成宮は弾かれたように目を開いた。そして我に返りうろたえる白河に、いったのだ。

「今のなに?!もっかいやって!」

さながらあたらしい遊びを見つけた子どもの顔であった。ふれあうだけの、いたずらのような子どものキス。
勿忘草の花びらのような色をしたひとみをらんらんに輝かせて「もう一回!」とねだる成宮に逆らえたためしなど、白河には一度だってなかった。それは今日に至るまでも、ずうっと。

「これは、ふたりだけのひみつにしよう?」

もう一度白河から口づけて、成宮からも口づけを返したあと、声を潜めて提案された。成宮はいつだって、いたずらも遊びも悪ふざけも率先して行う。自分の好きなこと、楽しいことには貪欲で際限がない。
そうしてこの儀式に、結び終えるとひとつキスをするという手順が加えられた。

もうふたりとも十七になる。キスをすることが、いたずらにならないことを知っている。
大人のキスだって知ってしまっているのだ。白河がそれを知ったのは、成宮からではなかったけれども。きっと成宮も、白河から教えてもらったのではない。
キスよりもっと刺激的で、気持ちいいことも知っている。
それは毎日結ばれるタイのように。ひとたびひみつを結んでしまっては、大人の目を盗んで行われる背徳に没頭してしまう。
品行方正、大人たちの期待に応えるために生きている優等生には、それは甘い罠のような誘惑だった。
成宮はそういう、おそろしく甘くてまばゆいものを白河に与えていた。

「白河、背縮んだ?」
「ケンカ売ってるのか、鳴が伸びたんだ」
「あはっ、ねえ今夜はいっしょに寝ようよ」

時折落とされるその言葉は、とある呪文。

ふたりで生活を始めたころ、末っ子で甘ったれの成宮が「いっしょに寝てもいい?」と聞いてきたときは面食らった。しかし普段はそれでも弱みを見せまいと気を張っているらしく、そのときだけは特別に成宮がとてもいじらしい存在におもえた。
向こう側のベッドから泣きべそをかいているかのような弱々しい声で尋ねた成宮に、白河はなにも答えずただ自身の身体の位置をずらしベッドへ迎え入れた。
なんだか出来の悪い弟ができたようで嬉しかったのだ。

それがいつしか「いっしょに寝ようよ」という提案に変わってゆき、ある呪文へと変貌してしまった。
結ばれたひみつの数は、もう数え切れない。

「……わかった」

自分たちは悪いことをしている。悪いこどもはいつか罰を受けるだろう。
けれど、もし罰を受けずそのまま大人になってしまったら?

白河は何度も、自分がぽっかりと穴が開いたような暗闇に落ちてしまう夢を見た。成宮は暗闇の入り口で変わらずきらきらと輝いていて、そのまぶしさに目を閉じることしかできなくなる。
そしてそのまま、ぺろりとその暗闇に食べられてしまうのだった。

fin.

141115 こどもたちのひめごと1
趣味に走ってる。メイユキちゃん。ギムナジウムものがめっちゃ好き……そして白河に似合う…。思春期真っ只中を閉塞された学園で過ごしてふたりっきりで誰にも秘密の儀式をしてほしい…。

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