欲しいものほど手に入らない。すぐ目の前にいるのに。さわることもできるのに。手に入っただなんて実感は一度もなかった。
「俺、またなんか怒らせた?」
こちらから無理やり床に押し倒したのに。痛そうな顔をしたくせに。すぐいつもみたいに、困ったように笑うんだ。そこがムカつく。笑うなよ、怒れよ。
伸ばされた手が前髪の束をすくって、耳にかけ直す。振り払いたくなるほどに優しい手つきで。そういうことをしてほしいわけじゃないのに。
「ごめんな」
知らないふりが上手くなる。なにに怒っているのかも、なにに謝っているのかも、知らないふりをして慰め合う。お互いに、手に入らないから望むのだ、近くて遠いものを。確実に手に入るとわかっているものだけを求められたら、どんなによかっただろう。
18.44メートルよりも、ずっと近くにいるのに、今は。
「もう喋るな」
「うん、ごめん」
「喋るなっつってんだよ」
くちびるで塞いでも、これっぽっちも満たされない。優しいだけの行為は空しさばかりが降り積もる。
なんだってコントロールできるのが気持ちいいはずなのに、どうしようもないことに翻弄されて、かき乱されて、追い詰められて。そんなことが快感だなんて、どうかしている。こんなやつが好きだなんて、どうかしているんだ、俺は。同じ感情が返ってくることがないのを、わかっているのに。
もしも反対の立場だったら。もしも、情動的に組み伏せられたら。くだらない妄想だけくり返して、夢は遠くに続いていく。
fin.

※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます