ふと、呼吸の音が変わる。
「湊、寝た?」
返事は、健やかな寝息だけ。この瞬間のにわき上がる感情のことを、なんと表現すればいいのだろう。取り残されたようなすこしのさみしさと、誰よりも近くにいる幸福と優越感。体温も吐息も寝顔も、まるごとすべてそばにある。とくべつなことをしなくても、ただそばにいてよいのだと、許されていることへの安堵。手探りで近くに置いていたリモコンを探しあて、保安灯も消した。
「おやすみ」
ちいさくつぶやいて、自分も寝ようと布団をかぶり直す。
「せーや、」
今にも溶け出してしまいそうな声で呼ばれて、湊のほうを見た。暗くてよく見えないのに、じっと静弥を見つめているのはわかった。寝たんじゃなかったの、と言おうとしたのになぜかうまく声が出ない。湊は緩慢に身体を起こし、横になったまま大人しくしているしかできない静弥のほっぺたにふれる。まずは指先で、次にくちびるで。
「愛してるよ」
耳元で、誓いの言葉のようにささやく。息が止まるかと思った。
満足した、というように湊が息を洩らした音がして、次の瞬間には電池が切れたようにぱたりとシーツに沈む。先ほどよりもずっと静弥に近い位置で。すぐ鼻先に湊の額がある。そのあとはもう、規則正しい寝息の音しか聞こえなかった。
なんだ、いまの。
湊はよく、静弥は大げさだなと笑うけれど、こんなの無理だ。
「心臓、いくつあっても足りないよ……」
穏やかな寝息がにくたらしくて、愛おしくて、好きだということ以外、なんにも考えられなくなる。
fin.

※コメントは最大1000文字、5回まで送信できます