さいきんの倉持は、果物にハマっているらしい。よく買ってきては、せっせとむいている。
「りんごあるんですけど、亮さんも食べます?」
「うん」
そして必ず、こちらにも分け与えられる。冷蔵庫から出てきた真っ赤なりんご。この前の甘夏や梨とくらべたら、真っ赤なりんごは夏場ではめずらしいみたいで。
「おとぎ話に出てきそうだよね、そういう真っ赤なりんごって」
「そうですね。じゃあこれ食ったら亮さんが俺のこと好きになってくれるのかな」
「なんの話だよそれ、りんごといえば毒りんごだろ」
わざとだったのか、本気だったのか、どちらともつかない顔で倉持はだらしなくへにゃりと笑った。
りんごなんて食べなくたってもうとっくに、とは、いわないでおこう。
適当な広告を広げ、倉持はまずりんごを半分に切った。そこからまた半分、半分に、ざくざくと。器用に真ん中の種と芯を取り除き、薄く皮をむいてゆく。いつ使うのだろう、とおもっていた果物ナイフはさいきんこうして大活躍中だ。
皮をむいた最初のひと切れを、ひとくちよりすこし小さいサイズに切って、倉持はまず自分の口に放り込んだ。
「ん、んまい」
ナイフさばきをぼんやり見学していた俺に対してか、ひとりごとか。あいまいなラインでつぶやいてからもうひと切れをさっきより大きめに切ってこちらに差し出す。
「はい亮さん」
差し出すのは、いつも決まって俺の口元だ。わざわざ手で受け取るほうが野暮な距離で、素直に口を開いてそのまま食べるしかない。
しゃりしゃりのりんごは、すこし酸味もあるけれどたしかにおいしい。
咀嚼し飲み込むと、またりんごが口元に差し出される。まるでえさを与えられるひな鳥のように、すべて食べ終わるまでこれがくり返される。
「おいしいですか?」
「ん、おいしい」
「よかった」
答えれば、また嬉しそうに笑うのだ、これが。
果物にハマっているのは倉持のはずなのに、というか果物がおいしかろうとまずかろうと、倉持の成果ではなかろうに。などと考えてしまうのも薄情だろうか。
まあ倉持がしあわせそうならいいか、と考え至るところなのだけれども、今日はふと気づいてしまった。
甘夏のときも、梨のときも、今回のりんごも。結局はいつも、倉持が俺に分け与えるばっかりだ。
毎度せっせとむいているわりには、こちらに差し出す量のほうが多い。今日もたぶん、多かった。
突然、種でも噛んでしまったかのように衝撃が走る。
わざわざ皮をむかないと食べられないような果物を、こうしていちいちむいては差し出されて。
ささやかで、慎ましいけれど。
これはもしかして、甘やかされているのではないだろうか。
困ってしまう。気づいてなお、悪い気がしないことに。生意気だって、感じるより先に愛されているのだなと自覚してしまうことに。こんなこと、しなくていいといえない自分に。
倉持はわかってしているのだろうか。それとも無意識なのだろうか。無意識ならなおさら、困り果ててしまう。
目に見える好きは、こちらの些細な抵抗なんか許しちゃくれない。
「次は、俺がなにか買ってこようかな」
「マジっすか? 楽しみにしとこ」
しあわせだって、俺が好きだって、倉持の笑った顔にはいつだって書いてある。好きだとおもうたび、おもわれるたび、かけ算して好きだという想いは増えっぱなし。こんなことならこのりんごが本当に惚れ薬だったら、まだいいわけができるのに。
しかし、やられっぱなしはどうにも性に合わないので。どうやって甘やかし返してやるべきか、なんて考えるうちはそうそう、毒りんごなんかでも死にそうな気はしない。
fin.

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