Let’s kiss and make up.【くらりょ】

久しぶりのデートに意気込むのはいつものことだ。久しぶりじゃなくたって、デートというものはいつだって心を浮き立たさせる。
寒すぎず、暑すぎもしない秋の日はそれはもうデート日和といった具合で、自然と機嫌も良くなろう。
午前までの倉持は、間違いなくそうだった。
「まだ怒ってんの?」
決して呆れたりうんざりしてもいない。どちらかというと苦笑して、この状況を楽しんですらいるような軽さで亮介が問いかけた。だからますます引っ込みがつかなくなってしまう。返事をしない倉持に亮介は息をつくが、深刻さは全くなかった。
「次はちゃんとするから」
「前もそういったじゃないっすか」
「俺のほうが年上なんだし働いてるんだから、そんなに怒らなくてもいいじゃん」
やれやれ、と肩をすくめられる。
一足先に社会人になった亮介と、外で食事をし部屋に行く、という流れのデートはなにも初めてではない。
寮ではない、ひとり暮らしの亮介の部屋。
すでに何度か訪れており、そろそろ見慣れてきた部屋の中で、倉持はどうにもご機嫌ななめだった。それまでの上機嫌の作用反作用でもある。
原因は、外食の会計だった。気を抜くとすぐ、亮介は倉持の分までまとめて出してしまう。
働いているんだから、と亮介はいうが学生時代からちょくちょくそういうことがあった。
そのたび次は自分で出すといって、亮介も毎回わかったといってくれる。前回はきちんと倉持が自分で支払った。だが亮介の手法は実にスマートなため、倉持が気づいたときにはとっくに会計が終えられている。今日もそうだった。
だからといってあまりにも頑なに伝票を譲らないような真似も、聞き分けが悪いみたいでしづらいのだ。レジ前で騒ぎ立てるのは以ての外だし。
ふつうの先輩後輩の関係なら、先輩と出かけるとまったく財布を出さなくていいなんてことも体育会系ではめずらしくない。
そりゃあ、財布を出さず外で食事ができるのは誰だって助かる。
しかし倉持は大学野球の引退後、単発のアルバイトだってしているし、自分の飲食代くらい自分で出せる。社会人の恋人と外食、なんていったって学生では手が出ないような高い店に行くわけでもない。
けれど、本質はそういうところではないのだ。亮介に対して、後輩の立場に甘んじることはしたくない。あくまで、となりに並び立つものでありたい。
それはずっと前から意識していることだし、信じていることだ。自分に課していることと表現してもいい。今さら曲げることもできない。
亮介の性質だってよくわかっている。なんだかんだ兄貴なので後輩の面倒見がよかったりするし、倉持相手のときだけに特別支払っているわけではないことも。
次からは食券制だとか、先払いになるところに行けばいいだけだ。正直いって、この件はそれでおしまいだ。ただそれだけのことで、自分が気にしすぎているだけ。
せっかく久しぶりのデートで、亮介の部屋でふたりきりなのに。すぐ機嫌を直せない自分が情けなくて、よけいに引っ込みがつかなくなる。単純に格好悪い。
いちばん格好悪いのは、亮介も倉持が本気で怒っているのではなく、引っ込みがつかなくなっているだけだと理解しているところだ。だから倉持の様子に、苦笑交じりで接してくる。
「なあ倉持、ちょっと」
もやもや考えているところで不意に呼びかけられ、うっかり亮介を見てしまった。しかし返答はくちびるにふさがれてしまう。
「機嫌直せよ、仲直りしよう?」
ほとんどゼロ距離でそう囁いた亮介の甘い表情には、大変見覚えがあった。徹底的に、心底甘やかしにくるときのものだ。
ふつう、恋人がそんな甘い表情をしていたらときめいたりするものだろう。いやときめく。こんな甘ったるい、誰にも見せない表情をしている亮介が愛おしくないわけがない。しかしこれは、自分にとってよくないパターンに持ち込まれる前ぶれである。
無意識に身構えた倉持を、亮介は気にせず笑った。
また口づけられて、ほっぺたや首筋を指が這う。どうやら実力行使する気らしい。
こうして甘やかされ、うやむやになったことがいくつあることか。どうにも最近、すこしこじれそうになるたび甘やかしてしまえばいいと思われている気がする。
大切なことは決してごまかさない人なので、こういう些細なことだけなのはわかっているけれども。
ついそのまま身を任せてしまいそうなところを、なんとか腕を突っぱねて耐える。抗えるだけは抗っておかないと、味をしめてしまうかもしれない。実際もう、手遅れかもしれないが。
「亮さん、そうすれば俺がごまかされると思ってるでしょ! そんなの大間違いっすからね!」
「そんなことないよ?」
そのときの亮介の笑顔を、なんと表現すればいいのだろうか。悪魔がいた。悪魔というのは、人を甘やかして堕落させると聞く。
目の前にいるぴんくいろの悪魔は、間違いなくそういった笑みを浮かべていたのだ。
「でも今後の参考のために、どれくらいやったらごまかされてくれるかは知りたいから試していい?」
一体なんの参考だ。はいともいいえとも答えられず、またくちびるをふさがれる。
それだけじゃない。亮介は確実にこちらを押し倒そうとしていた。ちなみに本来の相撲を組んだりとか、取っ組み合いのケンカなんかはしたことなんてないが、腕相撲は倉持より亮介のほうが強かったりする。どこにそんな力がと疑いたくなるほど強い。おそらく力そのものより使い方がうまいのだろう。
倉持だって負けず劣らずかなりうまいはずなのだけれども、亮介には駆け引きを含まれるとどうにも敵わない。
亮介は、とても強い人だ。
だから先輩として、恋人として尊敬している。
強さゆえに、ほかの後輩に恐れられることだってある。倉持も最初はそうだった。恐い先輩だと、接するのが苦手だと思っていた。
単純に知らなかったからだ。この人の根底にある、強さを生んでいるものや背負っているものを。その強さのために、どれだけ歯を食いしばっているのかということを。
知り、理解すればもう、恐いなんて思わなくなった。
しかしこういうときは実に恐ろしい。
きっと亮介にとって、倉持を懐柔して手篭めにしてしまうのは至極かんたんなのだ。外食時、いつのまにか会計を済ませてしまうことと同じくらい。
とはいえ今日は流されてなるものかと必死に口を引き結んだ。とにかく粘膜から責められたら抵抗できる気がしないので、口内への侵入は防ぎたい。
直接下半身に手を出してくる気もするが、今のところその傾向は見えなかった。まずは、何度もキスされたってごまかされないぞということを示さなければならない。
しかし突然、両目を手で覆われ視界を奪われた。予想していなかった動きに驚いた拍子、体勢はほとんど押し倒されたかたちになる。
目をつむらないようにしていたのを、気づかれていたのか。視界が閉ざされたことで、感覚が鋭くなってしまう。あまりにも的確で戦慄した。
もうほんと、この人おっかない。
とがらせた舌先が、くちびるのかたちを確かめるようになぞる。甘く噛まれたり吸われたり、とにかく先ほどよりも責め方が執拗になった。
ついにくちを開いてしまう。もう限界だった。
「っは、」
亮介は手をゆるめる気はないらしい。待ってましたとばかりに舌が入ってきて、歯列までひとつひとつ確認するみたいに口腔をまさぐられる。
舌をこすりあわせ、首すじを何度もなでられ、腰をすりつけられたのがとどめだ。スイッチを入れるなというほうがむつかしい。そこまで待てができるようには、しつけられていないのだから。
完全に押し倒されて、名残惜しげにくちびるがはなれる。目を覆っていた手もはなれ、最初に見えたのは、発情し恍惚とした表情の亮介で。
「ん、いい子だね」
なんて吐息混じりにささやかれてしまったら、我慢することも意地を張り続けることもできるはずがない。
今はもう、そこからどうやって互いの服を脱がせあうかなんてことまで知ってしまっているのだから。

***

結局、また今日も屈してしまった。
すっかり機嫌が直ってしまっている自分の単純さが居たたまれない。直っているというか、もう不機嫌なままでいるのがバカらしいというか。
くり返し頭をなでられ、ひたすら甘やかされながらするセックスは、嫌いではないが終わったあとがどうにも気恥ずかしくなってしまう。それまでの感情が、上書きされてしまうのだ。
こうして倉持の気持ちを切り替えさせてしまうのが亮介の目論見なのだろう。
なにが大間違いだ、大正解だよ。数時間前の自分を殴りたい。
「倉持、まだ怒ってる?」
亮介がまた同じ問いをかける。だがまったくもってお伺いを立てるような声色ではない。
倉持の葛藤なんてすべてお見通しで、わかっているような、楽しんでいるとしか思えないような声だ。
久しぶりのデートに浮足立っていた今朝の倉持より、よっぽど上機嫌なんじゃなかろうか。
「怒ってないっすけど、次はラーメンとか行きましょ。食券制のとこ」
「ラーメンかあ。いいね、じゃあ近所でうまいとこないか探しとく」
激辛担々麺とかないかな、なんていいながら亮介はスマホで検索を始めてしまった。本当に趣旨をわかっているのかといいかけて、口にするのはやめる。自分の器が小さいからそんなところが気になってしまうのか、なんて考えが頭をもたげてしまったからだ。
いつものつもりで寝ていたら、冷え切った空気に驚く秋の日の朝みたいに。どこかがすこしだけ寒い。
要は、自分自身の問題で、恐怖のひとつだ。いつまでも、つりあえているつもりなのは自分だけではないか、という憂惧。
格好悪いところはできれば見せたくないのに、こうして甘やかされたりして。嫌なわけじゃない。亮介も、自分がしたいからしているのだという。けれど、己の未熟さをいつだって目の当たりにさせられてしまう。
「俺って、亮さんにつりあえてます?」
今日はもうとことん格好悪い日なので、いっそのこと聞いてみることにした。
スマホから目線を上げた亮介は、よく意図がわからないという顔で倉持を見る。怖気づいてやっぱり今の聞かなかったことに、といおうとしたが亮介のほうが先に口を開いた。
「倉持がなにをそんなに気にしてるのか、正直わかんないよ。でも、わざわざ機嫌取ってあげたいって思うの、倉持だけだから安心して」
そういってまたスマホに視線を落としてしまう。
まるで当たり前のことを告げるようにさりげなく、すごいことをいわれた気がする。つりあえているかどうかではなく、亮介にとっての倉持が、どういったものなのかということを。
たしかに亮介は恐い先輩ではあるが、慕う後輩だってもちろんいる。亮介が恐いだけの人ではないと知っているのは、倉持だけではない。食事をおごったり、しょうがないな、なんていいながら世話を焼いているのも倉持だけではないのだ。
しかしそれ以上に、倉持しか知らないことはたくさんある。
これだから、猛烈にこの人が好きだ。
あんなに人を押し倒して、これから喰いますとでもいいたげなキスをするくせに。
そんなことをいわれたらもう、お手上げですと全面降伏するしかないじゃないか。
こことかいいんじゃない? なんて無邪気に真っ赤なラーメンの写真を見せてくる亮介に、今度は倉持からキスをした。

fin.

210604
本もまだあります♪→https://pictspace.net/tndr215
全4編で、再録本にも収録していませんので他のお話は本で読めます!

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