差し出されたのは、一本の缶コーヒーだった。
「なんですか? これ」
「なんですかって、誕生日プレゼントだよ」
来週からの活動内容で相談、と言われたのにわざわざ更衣室の中にまで呼ばれ、何かと思えば。目の前の男は、満足げに笑っている。
「覚えてたんですね」
「そりゃあ、われらの部長様の誕生日くらい覚えてるさ」
「どうせ誰かが言っていたのを聞いて知ったんでしょう」
「おいおい、彼氏の評価低くないか?」
彼氏、だなんて軽々しく口にしないでほしい。扉一枚隔てた向こうには、まだ他の部員たちもいるのだから。
あからさまに眉をひそめても効果はなく、ただ肩をすくめられただけだった。そういう仕草がいちいち癪に障ると言っているのに、いつだってどこ吹く風のまま、もう二年が経つ。
差し出されたままのコーヒーは「どうも」と受け取ることにした。
「それで、相談の内容は?」
「え、ないけどそんなの。口実に決まってるだろ?」
決まっているわけがない。真に受けた自分がバカみたいではないか。そんな口実を使われては今後も油断ならなくなる、まで考えて、一体なんの油断なのかわからなくなってきてしまう。
「怒るなよ」
「怒ってません」
「悪かったって。いいだろ? せっかく今年はこうして顔合わせたんだし」
去年は、こんなことになるだなんて考えもしなかった。一昨年は、お互いに存在すらも知らなかった。来年は、――ここにはいない。
手の中の缶の、うっすらとした水滴をなでる。自宅とは違う色の、浴室のタイルの感触と似ている気がしてすぐ考えるのをやめた。
目線を落としていたら、するりと伸びてきた手に対する反応が遅れてしまった。人差し指と中指の背が、右目の下をなぞってすぐ離れる。この人が、いつもする仕草。
「俺的には、誕生日だからって口実で甘えてくれるほうが嬉しいけど」
「――それ、べつにプレゼントじゃなくないですか」
「そうだな。ただ俺が嬉しいだけ」
真正面から認められると返答に窮する。
「あなたの魂胆は……わかりますから」
「魂胆って?」
「甘い言葉でサービスだなんだ言っておいて、自分の誕生日には僕に同じことをさせる気でしょう」
「――さすが、俺の彼氏は俺のことをよくわかっててくれて嬉しいねぇ」
わしわしと無遠慮に頭をなでてくるのを、今度はなんとか振り払った。だから、とまで口にしたけれど、出てしまった声の勢いを気にしてすぐに噤む。
「だから?」
「…………嫌いなんですよ」
「おいおい、エイプリルフールは昨日だぞ?」
わかっているくせに、すぐそうやってからかって笑う。
誰かに聞かれたらだとか、気安くさわるなだとか、こんなものいりませんだとか、用がないなら戻りますだとか、言いたいことはたくさんあるはずなのに。
なによりも、覚えていてくれて嬉しいとか、ありがとうとか、そういうことすら素直に口にできない自分が、やっぱりバカみたいだった。
「十八歳、おめでとさん」
「――どうも」
口にできるのは、さしずめ愛想のない返事ばかり。手の中の缶がぬるくなる。
fin.

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