幸せすぎて怖いかも。湊とふれ合っているとよく思う。無意識に口にしていることもあって、そのたび「怖くはないだろ」と困ったように笑ってくれる。
だけどまれに「これくらいで満足しないでほしい」と、もっと怖いことを言われることもある。そうなるともう、胸の奥に燻る欲望を引っ張り出されて、ただ溺れることしかできない。いまみたいに。うなじにやわく噛みつかれ、その硬い歯の感触にさえ感じた。
「ごめん、あとついた」
「ん……っ」
ふと正気に戻ったように舌でなでられ、余計に息を詰めることになる。そんなに強く噛まれたわけじゃないから、きっとすぐ消えるだろう。湊の歯のかたちに、自分の肌が窪んでいるのを想像する。自分では見えない場所。湊につけられて、湊しか見ないかたち。
はじめて抜けた歯を、湊が宝物のようにこっそり見せにきてくれたことを思い出す。ふたりで屋根の上に向かって投げた、あのちいさな白い粒。同じ時期に前の歯が抜けたときは、お互いの間抜けな顔を指さして笑い合った。
怖いものなんてなんにもなかった、あのころ。
「――湊、もっと……」
強引にして、痕がのこるほど強く噛んだっていいのに。夢じゃないって、現実なんだって、いやでもわかるくらいに。
「もっと、何?」
背中から抱きしめられて、密着したところがじっとり汗ばむ。身体の中に、夏の太陽をはらんでしまったみたいだった。
もっと、もっと――怖いこと、して。
fin.

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